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イベント

ある漫画家のツイートにより喚起された「つくば科学万博」 〜人々を感動させた郵政省の粋なサービスとは?〜

更新日:

ある漫画家のツイートについて、ネットニュースで話題に上がっていた。北海道民はディズニーランドを悠々と遊ぶらしいということだ。悠々と、、というのはアトラクションに並ぶことなく楽しめるという意味でだ。

→北海道民はディズニーで並んだことない?「道民の特権」 あるあるが話題に
→子供の頃ディズニーランドで並んだ記憶がほとんどない理由

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北海道民の僕としては、これは確かにそうだと言える。僕は母方の実家が埼玉県にあったので、母の里帰りについていくというカタチで、僕ら兄弟はよく関東方面には行っていたほうだ。




そこへ行くと母方の祖父母がいるワケで、僕ら孫のことをとてもよくしてくれた。北海道から来ているのだから、関東方面といえば、、ということでディズニーランドもけっこう遊びに連れて行ってもらった。ディズニーランドは基本的にはやはり混雑している。でも、ある時はなぜか空いていた。

後々になって考えてみたら、北海道や東北地方以外は冬休みが終わっているというのだ。北海道から来ている僕らは冬休み期間でも、こちらの学校ではそれが終わっている。つまりは学校で授業を受けているのだ。そういうワケで通常なら混雑しているディズニーランドが異常に空いているということらしかった。

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それでも夕方以降になると人がポツポツと増え始めていたが、それまではまるで楽園のように遊ぶことができた。あるアトラクションを楽しんだら、次のアトラクションへ走って行ってすぐに乗り、乗ったらまた次へ、、というようなことができていたのだ。




こんな具合に、混雑しているディズニーランドしか知らない人には、申し訳ないと思えるほど贅沢な遊び方ができたのだ。

そんなタイミングで遊びに行けたのはなぜだったのか、、と考えてみる。たまたま埼玉県へ里帰りしたのが関東地方での冬休みが終わっていた頃だったのか、、などと推測してみるが今ではその理由は分からない。

よく祖父が僕らを楽しませる企画を練ってくれていたので、祖父の計らいだったのかもしれなかった。埼玉へ行った際にはいろんなところへ連れて行ってもらった。今でも深く胸に刻んでいて、とても感謝している。




なかでも、非常に思い出深いのが「つくば科学万博(国際科学技術博覧会)」だった。この博覧会は「人間・居住・環境と科学技術」をテーマにして、日本を含む48ヵ国と37の国際機関が参加したモノで、総入場者数は2千万人にものぼり当時の特別博覧会史上最高入場者記録となったらしい。

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当時、小学校高学年だった僕にとっては、妙に知的好奇心を駆り立てられた内容だったのを覚えている。建物一つ一つのことをパビリオンといってどれも良かったのだが、特に「テーマ館」というところが非常に面白かったのを覚えている。

内容までは覚えてないが、僕と弟の二人で入館して、時間が経つのを忘れて、かなり興味深く見入ってしまった。この博覧会は基本、混雑していたので次のパビリオンで並んでくれていた母にだいぶ心配をかけてしまったほどだった。




うまく表現できないが、まだまだ発達途上の僕の心身をザックザックと耕してくれたような思いがした。かすかな未来像を魅せてくれた貴重なイベントだったと思う。そして、この時HSST(High Speed Surface Transport)と呼ばれるリニアモーターカーに乗ることもできた。

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博覧会というモノに僕はこのとき初めて参加した。博覧会が開かれた敷地や建物は閉会した後に、すべて取り壊されるということも聞いて知っていた。そういうこともあってか、普段よりも胸に留めておこうという意識が強かったのかもしれない。事実、この博覧会への参加は今でも忘れられないモノとして心に残っている。




この記事を書くに当たって、この「つくば科学万博」についてネットで検索して調べてみた。すると、この博覧会の閉幕後に、そのイズムを引き継いで最新の科学技術や身近な科学に親しみを持ってもらえるように開設された「つくばエキスポセンター」というのがあるそうだ。

→つくばエキスポセンター

ダウンロード

これまで何度も関東方面には行く機会があったが、茨城県には行くことがなかったので、こんな施設ができていたことをまったく知らなかった。まだ幼い頃にあの博覧会が感じさせてくれた熱く燃えたぎるようなモノを呼び起こしたいと純粋に思っている。つくばエキスポセンターや博覧会会場だった場所へ行ってみたいと思うようになった。




すっかり思い出話に浸ってしまったが、最後に博覧会でのエピソードを書いておきたい。

だいたい大晦日には毎年、兄弟ともに実家に集合している。年が明けたら近くのいろんなお店へ初売りに出かけるのが通例になっている。何店か巡って実家へ帰ってくると、いつも年賀状が配達されている。

あるときの正月のこと、いつものように年賀状を確認してみると、ふと奇妙なハガキを1通見つけたのだ。10年ほど前に亡くなったハズの祖父からのハガキだった。




なぜ、、こんなハガキが??と単純に思った。実は「つくば科学万博」に同行してくれていた祖父が、ひそかに未来の僕ら宛てに送っていたらしいのだ。

15年後の娘である僕の母や孫である僕らに対するメッセージが綴られていた。思いもしなかったのでみんなでとても驚いたし、感動的な祖父との再会に心を打たれて涙してしまった。。みんなでとても感動したのだ。

この博覧会は、未来を見据えるテーマを持ったモノでもあった。それにちなんで当時の郵政省が、郵政省ならではのサービスを展開したワケだ。そのサービスは「ポストカプセル2001」と言った。

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当時の僕らは、博覧会会場でこんなサービスが行われていたのを知らなかったのだが、祖父はイイ機会だと捉えてこれを利用した。




このハガキを受け取ったときには、祖父が亡くなって10年ほど経っていたころだったので、感動もひと塩だった。15年の年月を超えてきちんと保管されたうえ、21世紀の幕開けの1日目に届けてくれた郵政省(当時は郵政事業庁)には感謝するとともになかなか粋なことをしてくれるじゃないかと思ったし、こんなことをした祖父がとてもカッコよく思えた。

実際にこのサービスを通して、僕らと同じようにこんな風に感動した人も多かったのではないかと思う。多くの人々を感動させるような仕事を当時の郵政省は思いついたワケだ。そんな郵政省には敬意を表したいと思う。

そして、こんな風にして人々を喜ばせる仕事をしたいものだとあらためて思う。仕事をしていく上でのモチベーションにするのはもちろんだが、生きる上での指針や一つの判断材料にしたいとも思った。




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