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読書

野口悠紀雄さんの「超」文章法を読んで 〜自らの生存残り時間の把握のすゝめ〜

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最近は以前によく手に取っていた野口悠紀雄さんの書籍を読み返しているところだ。以前に仕事で文章を書くことがあったので勉強するという時に購入したものだ。

読み返してみるとサーっと読んでしまっていたせいか、あまりアタマには残っていない感じがした。もう一度じっくり読んでみようと思った。少し読んでみて、思ったところがあったのでシェアしたい。




文章の骨格をつくる際に、主張しようとすることに対する「対立概念」や「反対概念」を立てることで、主張する概念を強調することができるという個所がある。

その中の例えで「敵の明確な規定は、政治においては非常に重要だ。労働組合が分裂しそうなとき、『資本家こそが敵だ』といえば、労働者は団結する。政権維持のため、あるいは同士を団結させるために、意識的に敵が作られることすらある。」という一文がある。




ここで、以前勤めていた会社に存在していた労働組合のことを思い出した。会社に対する申し立て事項を、相談して決定する会議を行うときが年に何度かあったのだが、僕自身としてはあまり申し立てたいというようなことはなかった。

労働組合(ろうどうくみあい、英語:trade union、labour union)とは、労働者の連帯組織であり、誠実な契約交渉の維持・賃上げ・雇用人数の増加・労働環境の向上などの共通目標達成を目的とする集団である。 その最も一般的な目的は、「組合員の雇用を維持し改善すること」である。(引用元;Wikipedia)

具体的な意見などは覚えてはいないが、いろいろと会社に対する文句を言う人が大勢現れた。無賃残業に関することなど、雇用環境に関することが大半だったが、その要求の実現が難しそうだと分かると、せめて賃金を少し増やすという意見に集約させる、、というようなことがほとんどだった。




まぁ、結局は会社に対する不平や文句が大半を占める会議だったのだが、僕個人の意見としては「なぜそこまで言う必要がある?」ということで一貫していた。僕は、会社にはお世話になっている感覚だった。雇っていてくれているのだから感謝こそすれ、不平や文句などはなかった。

そもそもこの会社では労働環境が、そこまでヒドいというワケではなかった。労働組合発足時など、ひと世代前くらいの時代だったら、労働環境が整備されていない企業も多かったのかもしれない。

でも、僕が勤めていた会社は、株式上場企業だったし、最低限しっかりと管理された会社だったと見受けていた。なので、極端にいえば賃金や環境に関してはほぼ満足していたワケだ。ちゃんとしていたので、特別要求するようなこともなかった。




そして、これが逆の立場だったらどうだっただろうか、、と組合員一人一人に逆に問いたい気分だった。自分が雇う側だったら、そのようなことを要求されてどう対応するというのか、、文句や不平があるのなら、会社など辞めて起業するべきではないかとも思った。後ろ指を指されるので行動には移さなかったが、、

勤めていたのは、中堅どころの会社だったので、けっこう規模が大きい方の会社だ。だから、会社 vs 労働者という構図が、その頃の社員さんにはなかなか見えにくいというのはあったのかもしれない。

一方で、僕は両親が小さな町工場の経営者だったので、少しは会社というモノに対する造詣があって、他の人よりはイメージしやすかったワケだ。




先の著書にもあったとおり、労働組合としての団結を強める意味合いで、意図的に敵を作り上げる、、ということもあったのかと思えた。しかしながら、同じ団結力を強めるのであれば、会社内でするべきであって、会社と対立するカタチでするべきことではないように感じている。

社内が一体化すれば、個々のチカラが合わさって全体が大きくなるだろうが、対立構図が成立していれば全体のチカラは半減する。より社会に貢献しようとするならば、前者の立場で取り組むべきだろうと思う。




しかしながら、これを可能にするには、社長など経営陣のカリスマ性がモノを言うのだろうと思う。付いていきたいと思えるような理念を掲げているか、会社のために尽力しようと思わせてくれるコンセプトが提示されているか、、というのが大きな判断材料になる。

そういったモノが会社の根底に流れているか、、ということが重要な問題になってくるだろう。逆に、後者の非建設的なほうでは、労働環境の改善や賃金値上げということが、まさにその「理念」「目的」といえよう。

世間に対して揺るぎない信念と、誇らしいと思える理念とがしっかりと根付いている必要があるというワケだ。それがないとすぐに崩れ去ってしまう。そして、それは企業団体や組織などに限らず個人にも適用される。




個人として、生きていく上での理念というか、生きる目的とでも言おうか、、ちょっとテーマが高尚すぎる向きもあるのかもしれないが、言い過ぎだとは決して思わない。

このことは何をするのでも根幹にあることだ。生き方ということではなくても、行動一つ一つに目的観を持たせるということが大事だ。目的がしっかりとしていれば、ある行動をした時の結果が、良かったのか、悪かったのか、あまり意味がなかったのか、あったのか、、など適正に評価することが可能になる。

逆に目的がしっかりしていなければ、行き当たりばったりの行動をする羽目になり、振り返ってみてもこれまでの行動は何だったのだろうかと、自問自答することになるだろう。




そんなことをよくよく考えてみると、人生というのはそれほど長くはないと思い知らされる。人生でやれることは限られている。あくまでも時間的制約の上で、、ということではあるが。。

若かったころには、それこそ時間は無限に存在すると思っていたフシがある。しかしながら、そんなことはあり得ない。時間は有限だ。人生80年というのなら、もうすでに半分近くまで生きていることになる。




だからこそ、僕が主張したいのは、若いうちから志を明確にしておくことが大事になってくる。もしも志などない、、というのであれば全く問題はない。志がない人は悩まなくていい分、気楽に生きてゆけるだろう。

でも、逆に志がある人なら、それをブラッシュアップして、より明確にする作業を積極的に行っていくのが良い。後悔は先に立たないのだから。。

あの時こうしておけば、、などのタレレバを話し出すと意味がないので省くとするが、あくまでも時間は有限であると主張したい。今後の人生の中で自由に使える時間というのを把握しておくことは、何かを成す上では必須の条件なのである。




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