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読書

古きを備えて新しきを導入することが継続的な進化には必要不可欠 〜発展途上人間のすゝめ〜

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以前このブログで、電子機器への入力は、タッチパネル式よりもキーボード入力式のほうが速いうえに適切だと主張した。単純に、一度に使用できる指の数が格段に違うというところから根拠を付けた。というワケで、タッチパネル式は一部の家電の操作部分だけで良いだろうとこのブログで述べたところだ。

→若者のパソコン離れが進んでいるらしい 〜時代の進化に寄り添う生き方を〜




最近読み込んでいる著書「『超』文章法」でこんな一節があった。かなり前の本を引っ張り出してきて、参考になる部分を吸収しようと思って読んでいるので、著書自体はかなり古いモノだ。書かれている内容や具体例などは少し古いものになっているのはご愛嬌ということで勘弁していただきたい。

パソコンだと無味乾燥になるか?

「ワープロで印刷した文字は人工的であり、人間的な暖かみがない。パソコンを使うと思考の弾力性が失われて、機械的になる」「ワープロで書くと、潤いがなく、無味乾燥な文章になる」「漢字が多くなる」「ワープロは機械的だから、万年筆がよい」などという意見が、いまだに堂々と新聞や雑誌に掲載されている。

新しい技術が登場して時代が変わるとき、変化を嫌う人からは、いつもこのような意見がでる。人間は自分が偉くなったあとに生まれたものは、拒否するものである。

彼らのパソコン批判は、新しい技術を取り入れる「やる気のなさ」をごまかしているだけだ。こうした考えを後生大事にするマスコミの風潮は、本当に困ったものだ。

自分の信念を述べているのでなく、読者の受けを狙っている場合も多い。信念を述べている人には迫力が感じられるが、パソコン反対論にはそれがない。こうした意見に、私は怒りさえ感じる。


先に述べたタッチパネル式入力方法への軽い批判もこれに該当するように思えてならなかった。新しいモノに対して、無意識的に嫌悪感を示してしまったのは否めなかった。これまでに慣れ親しんできたキーボード入力が否定されたかと思うと、居てもたってもいられなかったのである。




現在、問題になっている築地移転問題というのがあるが、築地市場が開設されたのが昭和10年のようで、もうすでに80余年が経っている。それだけ長い期間使用していたのだから、親しみ度合いもハンパではなかったろう。

豊洲市場への移転に反対する人もいるようだが、その理由の一つには今までは当たり前だったことができないとして、使い勝手が悪いという意見もあったようだ。

それはそれで当然の意見だろうと思うワケだ。そんなに長い間、開設されてきたのだから、市場での卸売を築地でしか経験していない人というのが大半だろう。というか、そんな人しかいないだろうと思う。ということになれば、使いにくいのは当然だ。




このことはパソコンについても言える。これまで長い間、WindowsXPというオペレーティングシステム(OS)が大きなシェアを占めていた。だけれども、2014年のサポート終了をもって、それまでとは違うOSに乗り換える必要に迫られた。

XPに似ているからとWindows7に乗り換える人もいただろうし、当時の最新OSだったWindows8.1にした人もいただろう。XPは2001年にリリースされたのだから、ザッと13年ものあいだ台頭していたことになる。

13年間といったらパソコン史上においては、超越した年数だ。それまでこれに使い慣れていた人にとっては、悲劇的なスキル低下につながっただろう。




さまざまな例を挙げたが、新しいモノが登場した時、使いにくいのは当然のことなのだ。長いあいだ慣れ親しんだモノを手放すのだから使いにくさを感じるのが妥当であり、使いにくくないというほうが不自然だと言える。

現在最も新しいOSとして、Windows10というのがあるが、正直なところ評価は芳しくないようだ。XPの台頭期間が長すぎたのだろうが、Windows10もいずれは以前のXPのように、主流のOSになるはずだ。

その可能性が最も高いし、もしもそうでなければ違うOSがそこに取って代わるだけだ。どちらにせよユーザーにとっては、新しいモノを取り入れることに変わりはないワケだ。




そんな中で僕は賢い選択をしていきたいと思う。古いモノを大事にしていく精神を持ちながらも、新しいモノへの理解を深めて積極的に取り入れる姿勢を保つことだ。即座にできないまでも、そういった精神を持っていることが大事だと思う。

これまでの歴史でも、新しいモノは常に批判され続けてきた。コペルニクスやガリレイが説いた地動説などはその顕著な例だ。発表当初はざんざんなほどに批判され続けたが、実際には真実を言い当てていた。




さて、古い考えというのは、とかく大衆を惹きつけやすい。新しいモノが受け入れられにくく、古いモノが受け入れられやすいのは、それまでやってきたことを無為にしたくないという人が多いからだと言えるのではないか。

今まで新しいことを覚えてやっとこさやってきたのに、またもや新しいことを覚えるのか、、と途方に暮れている人たちが多いのだと思うワケだ。




しかしながら、僕は人間は死ぬまで学習すべき生き物だという持論を持っている。死ぬ直前が寝たきりなどで不健康な場合はそれによらないが、健全な生を受けている最中は、これを意識していきたい。

学習し尽くして、もうこれ以上は学ばなくて良い、、というところには誰の行きつかない、、と少なくともそう思いたい。

もしもそんな風に思ってしまったとしたら、その瞬間から成長は止まり、過去の栄光にしがみつくことしかできなくなる。そんな人間になるのがイヤだから、僕は常に発展途上人間でいたいと思っている。




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