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学び

ではどのようにして学んでいくのが良いのだろう? 〜一万回の失敗を学びに変える成功哲学〜

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前回の記事では、学び続けるという観点を持ってこそ、豊かな人生が送れるということを述べた。学びのない人生はつまらない。人間の欲求の中には、知的好奇心を満たす、、ということも含まれているからだ。

三大欲求は皆さんがご存じのとおりだが、より豊かにするには欲求を満たすものが多ければ多いほどイイのは当然のことだ。




では、実際にどのようにして学んでいくのが良いか、、というハナシを今回はしてみたいと思う。皆さんは何かを学ぼうとするとき、どんな手段で学ぼうとするだろうか。会社の上司や同僚に聴くというのも一つだが、業務に関連することならまだしも、関係のない事柄だとなかなか聴くことが困難な場合があるだろう。

・・と考えると、もっとも手っ取り早いのは読書ということになる。まったく何も分からない分野のことをイチから学ぶには、読書から入るのが当たり障りがなく安心して始められる。




けれども、読書というモノは、とかく最初から最後まで読む気がする本が少ない場合がある。それは、まったくカジったことのない分野のことを学ぼうとするときの馴染みのなさからくる難しさかもしれないし、あまりにも抽象的な内容で具体策に乏しい内容だったりする場合があるのだ。

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あるいは、これは安価な本に多いのだが、その本が持つ濃いエキスが本の前半部分に集中していることに起因して、後半部分は読むに値しないような内容が列記されているというものがある。

こういうケースが多々あると、自分が求めるスキルをピンポイントで習得できるチャンスに巡り会えるのはまったくもって、まれなコトだといえる。

ここで思いっきり視野を広げるなら、個別コンサルタントを雇うなりして、マンツーマンで指導してもらうというやり方があるが、料金が何十万とかかるケースが多いので、ここでは割愛させてもらうことにしよう。




ここではあくまでも自力で学ぶということを前提にして、本当ならば自分が求める知識と合致する内容を、効率よく吸収したいものだ。問題は、何かを学ぼうとするときに、必ずしもピッタリ合った内容ではないことがあるということだ。

では、そういった状況をどう打開したらよいのだろうか。本という媒体がよくないのか、ならばセミナーだとイイのか、音声ブックなどで学ぶのがよいのか、、でも、そういった教材や媒体の問題ではない。




初めに、僕が考える結論を述べるとすると、ピッタリした内容に巡り合うまで、探求し続けること、試行錯誤していくこと、、がとても重要だ。一つのことをチャレンジしてみてうまくいかなかったとしても、またチャレンジすればよい。

バカの一つ覚え、、というわけではないが、でもそういう要素も学びの中では必要なことだと感じさせられることがこれまでに何度となくあった。

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ではなぜ、こんな「バカの一つ覚え」のようなことをする必要があるのかを提示してみたい。




一つ目には、例えばある一つの教材で学ぼうとするときに、その教材にどんなカタチでも触れてみなければ、どんな内容かは分からないということだ。読むにせよ、聞くにせよ、見るにせよ、、触れてみない限りは分からない。

たとえ、誰かがオススメしていて「これは絶対にイイ!!」とお墨付きがあったとしても、それだけではけっしてどんな内容かまでは分からないのと同じだ。




二つ目には、知識が少ない段階では、自分が求めるモノがいったいどんなことであるのか、必ずしも分かっていないということがある。漠然と分からないといっても、何が分からないのかが分からない、、といった状況だ。

子供に勉強を教えるときに「何が分からないの?」と聴いてみると「分からない。。」という答えが返ってくることはないだろうか。これとよく似ている。子供たちは何もふざけて言っているのではなく、本当に「自分は何が分からないか」が分からないのだ。




三つ目には、探求や研究をしたり、試行錯誤していく中で分かってくることが多いということ。行き当たりばったりでも、いろんなことを吸収していく中で、学んだコトが相互作用を及ぼし合いながら少しずつ分かってくる、、ということが学びの世界ではよくあるコトだ。

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順序立てて効率よく学べるならそれに越したことはないが、必ずしもそう上手くはいかないのが学びだと僕は考えている。

現代では敬遠されがちな、ドロくさくて地道な作業の連続が学びだと思ってもらってかまわないと思っている。現代のスマートさからは逸脱する覚悟が大事ではないかと思うワケだ。




つまりは「学び」とは、自分が求めるモノ、学ぶべきコト、さらにはその相互作用の中で培われていくモノなのだ。それらが合致するまで繰り返し行動し続けるというしつこさみたいなモノも重要だ。

そしてそれこそがまた学びになるともいえよう。何度も実験を繰り返して何度も失敗した末にいくつもの発明を成功させた、かのトーマス・エジソンはこう言っている。

「私がしたのは、一万回の失敗ではなく、一万回の学びだったのだ」と。




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